河川技術の研究開発リクワイヤメントの明確化 2025年6月20日 最終更新日時 : 2025年6月20日 シンポジウム事務局 発表者 瀬﨑 智之/国土交通省 国土技術政策総合研究所 河川研究部 河川研究室 説明資料 河川技術の研究開発リクワイヤメントの明確化_瀬崎智之ダウンロード
“越水に対して粘り強い河川堤防”の実現は昔から重要な技術的課題であり、私も昭和55年~58年に土木研究所河川研究室で担当していました。当時は“越水堤防”と呼ばれており、その目標は、住民避難の時間を稼ぐために、越水時間3時間まで持ち堪えることとされていました。
瀬崎さんの発表PDFのPage 5の写真によれば、現在の検討の多くは既存の堤防の“裏法面をどう被覆するか”という観点から行われているようですね。その点は昔の実験も同様でしたが、私が担当していた頃は、現地の堤防の越水事例に基づく検討も行われていました。水害が発生するたびに行われる堤防調査では、主に“破堤した堤防”のことが調べられ、“破堤しなかった堤防”を調べることは稀です。しかし後者の中にこそ越水堤防のヒントがあるのではないかと思います。その頃のことを振り返り、若干のコメント(参考意見)を述べます。
私の前任者の吉野文雄さん(徳島大学教授に転出、故人)は、堤防越水事例について全国の地建・工事事務所にアンケート調査を行いました。収集されたデータは昭和41年から52年までの286件の事例を含んでおり、そのうち146事例が「破堤」、122事例が「非破堤」でした。このデータから“破堤事例と非破堤事例にどのような違いがあったか”を統計的に明らかにできないかと考えたわけです。ただし吉野さんは河川研究室から総合治水研究室に移動されたので、データ解析は私が行うことになりました。
データが集められた頃はドローンも危機管理型水位計もありませんでしたから、越流水深や越流時間の推定精度は極めて低く、それらを解析に含めると結果は却ってグチャクチャになりました。一方、その他のデータは主に“非数値データ”だったので、「数量化解析Ⅱ類」という手法を用いて解析を行いました。この手法は、全てのデータを“非数値的カテゴリデータ”として、カテゴリスコアの合計の座標軸上で、破堤データと非破堤データが最も離れるように、項目ごとのカテゴリスコアを求めるというものです。
その結果、破堤しにくい堤防の属性が以下のように得られました。①提体が粘土質だと破堤率は小さい、②天端舗装されていると破堤率は小さい、③水防活動が行われると破堤率は小さい、④「天端幅/裏法高」と非破堤率が線形の関係にある。これらの結果は、大型模型実験における“決壊に至るプロセス”とも整合しました。当然と言えば当然の結果と言えますが、数量化解析Ⅱ類の特徴は、項目の相対的重要性がカテゴリスコアにより数量的に示されることです。例えば、既存堤防の天端を舗装するとか、表腹付けにより天端幅を増大させると、破堤率がどの程度減少するかを(もちろん解析に使用したデータの範囲ですが)数値的に推定できます。
②や④の改良であればかなり安価で済みますし、越流水の集中度をへらすこともできます。その効果は近年の越水事例でも明確に表れています。というのは、国道に兼用されている堤防は越水しても滅多に決壊していないからです。その理由は、国道兼用堤防は道路幅員確保のために天端幅が広く、加えて極めて良質の舗装がなされているからです。例えば2005年9月の五ヶ瀬川出水では、本川左岸の古川・岡富地区で大量の越水により背後地が被災しましたが、国道218号線の堤防自体はビクともしませんでした。また最近の事例として2024年7月の最上川出水では、本川左岸の戸沢村蔵岡地区で大量の越水により背後地が被災しましたが、国道47号線兼用の1.5㎞の区間は、わずか100 m区間で道路幅員の半分が欠損しただけで、大部分はほぼ無傷でした。なお、国道区間に設置されている危機管理型水位計のデータによれば、越流時間は約6時間、最大越流水深は約70㎝でした。つまり“驚異的な粘り強さ”を発揮したわけです。
以上のことから2つのコメントを申し上げたいと思います。御意見を返信いただければ幸いです。
一つは堤防越水事例のさらなる調査と解析についてです。近年は豪雨の増加とともに堤防越水が各地で生じており、また危機管理型水位計が普及していますから、(私が携わっていた)40年前と比較して精度の良いデータが多数入手可能なはずです。特に“越水したけど破堤に至らなかった事例”を含めたデータの数量化解析が、粘り強い堤防の開発に役立つと思います。
もう一つは、裏法面を特別に被覆しない普通の堤防に前述の②と④の改良を施すことで3時間程度の越水に耐えられる可能性があるかどうかの確認です。一級河川だけでも一万km以上ある河川堤防全ての裏法に被覆工を施すのは、設置費用の問題、維持管理の問題、被災後の復旧の問題があるでしょう。また河川環境的にも堤防裏法面は芝張りのままが望ましいと思われるので、天端舗装程度に留めて粘り強い堤防とすることができればベストだと思います。なお天端舗装は“国道並み”が望ましいです。と言っても実際に国道を通すということではありません。現在の堤防天端舗装の標準である簡易舗装では、越流により裏法面が直立状態になると、舗装面に簡単に亀裂が入り裏側から欠落して、堤幅減少が加速されます。このことは40年前の堤防実験でも明らかでした。国道並みの舗装には他にも2つのメリットがあります。一つは越流が滑らかで均一になること、もう一つは水防の作業がやり易くなることです。
以上長々述べてきたことを瀬崎さんは既にご承知かもしれないとは存じますが、老婆心から申し上げました。なお40年前に行った数量化解析Ⅱ類の詳細は、私が東京工業大学に転出する直前にまとめた「越水堤防調査中間報告書」に書かれています。ただし諸般の事情により「取扱注意」の印が押されました。また後任者がまとめた「最終報告書」では現地データの数量化解析の部分が削除され、その後、中間報告書自体も土研資料のリストから消去されたので、現在残存しているのは私が持っている1部だけかもしれません。私の後任であった藤田光一さんにも手渡しましたから、あるいは所持しておられるかもしれませんが・・・・。また、越水事例アンケート調査の原票は吉野文雄さんに返却しましたので、吉野さんが室長になった総合治水研究室で保管されている可能性はあります。
石川先生
研究のアドバイスをいただき有り難うございます。以下、当方のコメントです。
1.堤防が決壊した箇所の調査に赴くと、近隣には大抵、越水はしたものの決壊していない箇所があることが多く、なぜここは大丈夫だったのか、と考えながら現場を見ております。過去の先輩方の調査時に考えられたことと共通する感触を持っております。これに加え、堤内地の湛水深の影響(湛水深がある程度あると、法尻洗掘が抑制される)も大きいと感じております。
2.このような感触から、決壊リスクを下げ、水防活動や河川管理に役立つ堤防天端の舗装は予てより進めておりますし、10年くらい前からは、一定の粘着性を持つ土質の堤防で初期に発生することが多い裏法面の法尻部の洗掘をかごやブロックで補強する構造上の工夫を、越水リスクが高い箇所には実施してきました。「越水に対して粘り強い河川堤防構造」は、これより少しコストをかけることを許容して、決壊頻度を下げたり、決壊までの時間を長くするため、裏法面の侵食抑制等を施す構造として、研究開発を進めているものです。
瀬崎様:
ご返信、有難うございました。OS1のオーガナイザーの久保氏およびパネラーの小澤氏との意見交換にありました気候変動対応の時間スケール、治水予算の制約、堤防延長が極めて長いこと等の問題の下で、堤防の耐越水改良がスムーズに進むことを願っています。
石川忠晴