超過洪水時の計画的氾濫による流域の総合的治水安全度向上について” に対して18件のコメントがあります。

  1. 原田 守啓 より:

    OS2オーガナイザーより)
    石川忠晴先生の資料はシンポジウム閉会後に,OS1・2の議論を踏まえ,ご本人からの要請により差し替えがありました.(6/25差し替え)
    OSでもキーワードとして出ていました「不利益配分問題」についての追記が大きな修正点となっていると伺っています.

  2. 原田 守啓 より:

    OS2のオーガナイザーをさせていただいた原田です)
    今回,石川先生から差し替えのあった資料につきまして,若干の補足と石川先生の御見解に意見を申し上げます.

    石川先生がOS2でお話された内容には,今回の河川技術論文集に,論文として査読を経て掲載された部分と,そこに含まれない部分があります.
    論文に含まれない部分についても,(一連のご研究の背景にある)石川先生の考えをわかりやすく述べてほしいと,オーガナイザーからも依頼したものであり,石川先生におかれましては大変な熱意をもってわかりやすく解説・話題提供いただきましたことにオーガナイザー一同感謝申し上げます.

    石川先生が以前から提案なさっている,河川に面した氾濫原の地形と土地利用に着目した,氾濫流のコントロール,計画的氾濫,氾濫水の処理まで含めた計画設計論などについて,歴史的経緯も含めて1.~5.で丁寧に説明していただき,大きな議論を喚起していただいています.地域とのコミュニケーションの仕方も含めて課題はいろいろと感じておりますものの,微地形に応じた土地利用によってリスクコントロールしてきた自治を,現代社会でどう実現するかという点において非常に示唆的な論点を示してくださっています.

    一方,閉会後に差し替えられた資料には,OS1・2の議論を踏まえて石川先生が追記された部分(6.7.)があります.
    拝読いたしましたところ,ここには,阿武隈川の遊水地計画をとりまく議論(6.)と,球磨川で現在進行中の議論(7.)の対比が示されていますが,
    6.において石川先生が述べられている,高齢化・人口減少を背景とした「日本式合意形成」的な状況が,一般論として現実的に存在することは地方におります私個人としても感じておりますが,
    実際に計画に携わって推進している方々が,そのような考えをもって意図的にそうしているかのような推測がされていることは社会的な誤解を招きかねない(当事者の方々を落胆させかねない)と危惧する声が聞えてきています.

    社会的な課題をご指摘いただく部分と,なぜそうなってしまっているのかという部分については客観的に切り分けた議論が必要なのではないかと思いますが,いかがでしょうか.

  3. 石川 忠晴 より:

     ご意見有難うございます。6節と7節の議論の前提は、日本の行政が「法治行政」だということです。つまり行政官は既存の法制度にないアクションを取ることはできないのであり、私もそのことは十分認識しています。そこで重要なのは、行政官は常に「現行の法制度が時代遅れになっていないか」をチェックし、必要に応じて改定する義務があるということです。
     治水事業は国民の幸福のために行うものです。それが一部の国民に耐えがたい不幸を押し付けるとすれば本末転倒になると思います。現行の法制度の機械的行使は悲劇の繰り返しをもたらす恐れがあります。行政官はこの点に思いをいたし極端な事態が発生する場合には制度の改善を考えるべきだというのが私の主張です。
     流域治水に関する法律の改定が国会で令和3年5月に承認されましたが、それほど大掛かりなものでなくとも、例えば本省水局長通達など省内の制度改定で改善できることが多数あるはずです。気候変動により激甚水害が増加するにつれ、上流域での遊水機能確保はさらに重要な問題になるでしょう。地元の河川事務所や地方整備局が、治水事業で生じる問題や不都合を本省に上げて制度の改善を検討することが望まれます。
     私の論考の目的は、河川管理者をdiscourageすることではなく、5節に述べたように「流域に係る全ての人の協働」を掲げる流域治水の今後のために再考しなければならない事項として指摘しているつもりです。私の表現はいつも直截的なので、国交省の方々や近い関係の方々は不愉快に思われるかもしれませんが、今後の治水事業をより良いものにすることを願って提議しておりますので、ご理解の程、よろしくお願いします。
     なお、私も建設省出身の人間ですから“反国交省ではありません”。地元に乗り込んで活動することはありませんし、昨年来、阿武隈川遊水地を例にして「生活の糧の継続を今後は軽んじないように」ということを、東北地整河川部に直接申し上げております。

  4. 諏訪 義雄 より:

    石川先生,原田先生

    貴重なご意見の提示及び総括ありがとうございます.

    シンポジウム主催の責任者の立場からのコメントです.
    追加6.については,以下に示す理由から,主催者判断として公開用HPでは部分削除します.
    ・その場にいない(反論できない)組織や人の固有名詞を出して,個人の推察(当事者らとしっかり意見交換しているように読み取れない,このような場に事例として持ち出すことの同意をとっているわけでもない)を根拠に、営農者を追い詰めて「日本式合意形成」をしているとの見解を,一方的に提示している点が広く公開されるHPに掲載できる内容ではない.また,好循環の形成を目指す河川技術シンポジウムにもなじまない.

    次に私個人の意見,感想を述べさせていただきます.
    ・「日本式合意形成」なる揶揄ともとれる用語を用いておられます.この揶揄ともとれる用語を用いることで期待できる好循環の形成とは何でしょうか?
    ・相手の疲弊を待つ合意形成のことを指していると読み取りましたが,これは日本に限らず適用可能な方法であり,なぜことさら「日本式」と枕詞をつける必要があるのか理解できませんでした.
    ・河川シンポジウムや河川技術論文集においては,なぜそのような(疲弊を待つ)構図にならざるをえないのか掘り下げて,改善策の提案をすることが重要と考えます.
    ・今回のご説明では,「上意下達だから」,「事業者が被影響者と直接向き合わないから」と書かれていると読み取りました.ではどうしたらよいのかについて述べられていないため、建設的な問題提起ではなく非難しているだけに見えてしまい,残念に思いました.
    ・今回ディスカッションが大事としたのは,改善の方向を提示してほしいとの意図からです.キャッチフレーズの提示で終わらないで頂きたいと期待しております.

    諏訪

  5. 石川 忠晴 より:

     原田先生のコメントと、私の回答をご覧ください。
     主催者権限で行うということに対して私が言うことはありません。できれば、言葉尻を捉えたコメントではなく、実際に起きている事象についての諏訪さんの考えを述べていただけると有難く存じます。

  6. 内田 龍彦 より:

    石川先生,
    この度はOS2にて話題提供とシンポジウム後も熱心にご議論いただきありがとうございます.OS12のオーガナイザーとして改めてお礼申し上げます.オーガナイザーとして私もコメントをしたいところですが,諏訪さんの返答に対する「実際に起きている事象についての考え」は何を意味するのでしょうか?

  7. 諏訪 義雄 より:

    石川先生

    >主催者権限で行うということに対して私が言うことはありません。
    →ありがとうございます.

    原田先生への回答拝見しました.
    (言葉尻を捉えてと言われるかもですが,)問題の構図を理解したいので質問・コメントをさせていただきます.
    >例えば本省水局長通達など省内の制度改定で改善できることが多数あるはずです。
    →掘削で水田として利用できない+代替地が近くにない,ことで正業が失われると解釈させていただきました.
    →正業の継続という点では,制度改定・制度改善の問題ではないのではと思いましたが,私の認識不足でしょうか?

    →代替地が無いという制約の下では,正業の継続のためには水田として利用し続けることが必要なので掘削しない洪水調節方法にする必要がある.
    →その手段の1つが,図4-4,4-5でご提案の計画的氾濫(分散型遊水地)であり,計画的氾濫(分散型遊水地)には,制度改定が必要というロジックだったでしょうか?

    →(昨年の意見交換を思い出してきました.)昨年より前進した議論にするためには,必要な制度改定の中身を具体的にして議論することが必要だと私は考えます.
    →先生が提案する制度改定は,計画高水位(堤防の設計水位)と天端高の間,いわゆる余裕高+余盛高の空間を治水計画として活用(具体的には越流堤を設置)できるようにする,だったと記憶しています.

    →先生のご提案を「治水計画」として組み込むことは簡単ではないというのが私の意見です(昨年も申し上げた気がします).
    →計画高水位(堤防の設計水位)というのは,それより下の規模の洪水で破堤した場合に損害賠償しなければいけない水位であり,重い意味・役割があります.先生のご提案は計画高水位を天端高に変更したいという意味になり,本省に問題提起したから変更できる話ではないだろうと推察します.

    →現遊水地配置計画成立前・地元に下ろす前の段階であれば,先生の提案する施設配置は,暫定の治水計画として合意形成できる可能性はあったかもしれません(私見です).
    →しかし,現在の遊水地配置計画が手続きにのっとって成立しているのであれば,「合意形成された上下流・左右岸のバランス」と理解するのが法治国家だと思います(たとえ先生が一部に過大な負担を強いていると考えても).
    →合意形成がなされている現時点で努力する方向は,遊水地で掘削対象になり正業の代替地確保や農地が使えなくなる負担を遊水地化を免れた地域と分散する工夫(浅知恵ですが農地の共有化),先生ご指摘の受益者である下流から感謝・お礼を言ってもらうようお願いすることになるのではないでしょうか.先生はこの部分に制度改定が必要というご提案なのでしょうか?

    私の考えを述べて頂きたいとのご指摘も頂きました.
    先生ご提案の(計画的氾濫の)施設配置は、下流基準点・重要区間への流達を減らすための治水計画として評価するよりも,堤防に適切な間隔で切下げ区間を設けて越流堤を配置する,堤防縦断方向にメリハリをつけて越流区間を限定して強化することで経済的に氾濫ブロックとして破堤にしにくくなる効果が期待できる点で可能性・価値がある提案と私は考えます.
    河川管理者が治水計画に組み込んで計画対象とする設計外力に対して機能させるのではなく,地域の自主的な減災(超過洪水に対する工夫)として実施するアプローチの方がよいという考えです.
    越流堤設置個所の合意形成,破堤した場合の損害賠償請求を期待しない覚悟が必要なこと,治水事業ではないので資金調達の方法が現時点ではない点,越流堤管理は自主的に行わねばならない点が課題と自己分析しています.

    OSでは流域治水計画で遊水する地域に話を持っていく際に,下流基準点に効果を利かせるために犠牲になるという言い方をするとそこで話が止まる,遊水地域自身の利益になるという言い方が大切という点が共通認識でした.
    私が上で,地域の自主的な減災として実施するアプローチの方がよいと考えることと共通部分があるのだと書いていて気づきました.自分の地域(農地)を守る堤防の破堤リスクを減らすために越流堤と遊水区域を設けると捉えてもらう(発想を転換する・してもらう)対策が,下流の流量増加を抑制する効果があり,結果的にwin-win関係が成立するという説明をするということになる(結果的に).私は、河川事業者・河川管理者が責任を背負い込みすぎることで効果がありそうな対策を行うことができず行き詰ることを回避する意図で発想しましたが,現場で合意形成に苦労して突破してきた方々の実態に基づくOSの議論を振り返ると,自発的な(自分の地域にメリットがある)インセンティブこそが本質的に肝となる部分なのかなと思えてきました.

    私は青臭いので,人は厳しい現実を知っても利益相反を乗り越えていける・進歩できるという希望を持っています.
    上のアプローチ・説明では,耳さわりのよいことだけを説明してはいまいかという後ろめたさを感じる部分があります.
    ・減災は被害が出る前提で考えるもの,
    ・耳さわりがよいことだけを伝えるのでは十分でなく,被害が出る現実も見て頂く必要がある
    ・不幸にも破堤により被害が出た場合や溢水氾濫が生じた場合には,そのおかげで助かる地域がある場合もあるという実態を結果的に被害を受ける地域と受益を受ける地域の双方に知って頂く必要がある
    という考えも捨てられずにいます(OSの議論を聞いていて,このような考えは計画執行・事業執行という面からは副作用の方が大きいのだろうと思いました.).

    とりとめもないコメントになってしまいましたことご容赦ください.

    諏訪

  8. 石川 忠晴 より:

     はい。それこそが「不利益配分の問題」なのです。追加してuploadさせていただいたPDFの5節で私は「上下流問題の緩和が必要だ」と書きました。それは不利益配分が上流域に偏る傾向にあるからです。また諏訪さんが削除しようとしている6節に書いてあるのは、阿武隈川上流で“実際に起きている不利益配分の偏り”です。それは農民の生活を破壊しかねないものです。
    治水事業は国民の生活を守るために行うものです。しかし一部の国民への極端な不利益配分は、その人たちの生活そのものを奪う恐れがあります。私達土木技術者は過去のダム事業においてそのことを学んだはずなのですが、遊水地建設を急ぐあまり、そのことを忘れかけていると思います。そこで私は、原田先生のコメントへの回答として、極端な不利益配分が生じないような制度を河川管理者は考えるべきだと書いたのです。
    OS-1では球磨川上流域での田んぼダムに関して不利益配分という言葉が出てきました。しかし、それほど深刻には語られませんでした。それは“生活を破壊するほどの偏りではないから”だと思います。そこで7節では球磨川上流本川沿いの農地の場合について、“実際に生じた事象”に基づいて具体体に述べた次第です。
    気象変動時代の治水事業を円滑に行うには、河川管理者が不利益配分の問題に真摯に向き合う必要があると思います。“そのための(広義の意味の)河川技術はいかにあるべきか”を私は考え続け、いくつかの河川の条件で具体例を検討しているわけです。一緒に考えて下さる方が出てくることを期待しています。

    1. 内田 龍彦 より:

      石川先生,
      お忙しい中ご回答ありがとうございました.不利益配分に関して資料の5節で提起され,6,7節に続き,いずれも重要な議論すべき事象と理解しました.これらは原田先生のコメントにあるように「論文に掲載された部分」を基にした議論と,「そうでない部分」があります.論文は議論に耐えうる十分な情報が含まれるかどうかを査読により審査したものであり,またその所在はずっと残るので,シンポジウムでは基本的にはこれをベースに議論を展開するとしております.7節は石川先生の別論文ベースの議論なのでよいと思いますが,6節については資料からは先生の私信あるいは未公開のような印象を受けました.先生のコメントにあるように多くの社会要因を含む河川の複雑な問題を議論するのに頭が固い感じで恐縮ですが,公開議論(参加者以外も見れるようにする)は論文としていただいた上で議論すべきと思いますので,原田先生,諏訪さんのご指摘の通り慎重に取り扱う必要があると思います.しかし,修正された資料も議論の構造をもっておりますので,修正前の資料を公開するのがよいように思います.せっかく加筆修正いただいたところすみませんが管理者権限?でのこの部分の検討をさせていただきますことをご理解いただきますと幸いです.7節に関わる議論については別のスレッド(OS1~2の総括)でコメントいただいているようですのでオーガナイザーとしてコメントしたいと思います.

  9. 石川 忠晴 より:

     内田先生と諏訪さんから連続してコメントが来たので、返信欄を間違えました。上のウィンドウに書いた回答は、ひとつ前にきた内田先生のコメントに対するものです。

    内田先生:
     恐れ入りますが、上のウィンドウの文章をお読みいただければ有難く存じます。「実際に起きている事象」が不利益配分問題であることは、uploadさせていただいた私のPDFの5節~7節をお読みいただければわかるであろうと思います。

    諏訪さん:
     恐れ入りますが、諏訪さんのコメントにあるような「各論」を事細かに議論しても埒が明かないと思います。本質的なことは流域治水に伴うパラダイムシフトであり、"現状ではこれが難しい、あれが大変だ”ということではないのです。それらは、長い間の行政の慣行の負の遺産だと私は思います。それに対して私が行政に成り代わって妙案を出す立場にはありません。また、昨年の河川技術でもそうでしたが、「解決策を一緒に提示しないなら問題提起自体をするな」という態度の方も役所にはいると思います。諏訪さんのコメントにある項目の解決に向けては、まず行政官が将来の制度改善として考えなければいけないと思います。それが行政官の仕事なのです。
     すみませんが、今週は、水工論文の査読と、guest editorをしている英文ジャーナル特集号で手一杯なので、この件についてはこれで打ち切らせていただきたく存じます。そこで、今度、差しで(あるいは国総研・土研の他の方も含めて)じっくり話しませんか。国総研・土研の人達こそ、こういった問題を本省に先駆けて考える立場にあると思います。(私が土研にいた昭和50年代は、行政的課題を研究所でかなり自由に議論していました。)
     では、これにて。
     

  10. 石川 忠晴 より:

    諏訪さんに追伸です。「不都合なことに蓋をするのではなく」、現在不都合に思えることにこそ「明日のためのパラダイムシフトの芽がある」と考えることが大切です。明治から戦時中の日本の歴史には、そういう例が山ほどありました。
     では、これにて。

  11. 諏訪 義雄 より:

    石川先生
    ご多忙な中、丁寧な返信コメントありがとうございました.
    諏訪

  12. 石川 忠晴 より:

    お早うございます。追記と質問です。
     特設サイトに載せた原稿はオリジナルのものなので(OS-2では口頭発表のみ)、いずれ雑誌に投稿したいと考えています。内容が技術論文ではなく社会計画に関するものなので、計画系の雑誌か一般雑誌になろうかと思います。その際に、上記の特設サイトでの議論を紹介してもいいでしょうか。

  13. 諏訪 義雄 より:

    石川先生

    おはようございます.

    >上記の特設サイトでの議論を紹介してもいいでしょうか。
    →率直な意見交換をするために設定している特設サイトであり、他への2次利用を主目的にはしておりません.
    →先生の提案実現に向けた検討を拒む者がいる等の社会問題の事例として、紹介される側が望まない書き方をされる懸念が払拭できません.
    →紹介される側の了解が得られた場合以外は紹介しないでください.

    ご理解のほどよろしくお願いします.

    諏訪

  14. 石川 忠晴 より:

    諏訪様

    了解しました。ご心配は理解できますので、これくらいにしましょう。

    河川技術のサークルの皆さんが、過度の不利益配分で困っている人達に実際に起きている事象にも目を向けていただくことを望みます。
    「河川管理者の事業の円滑化」と「生活の糧を失う人々の損失」をテミスの天秤に載せれば、後者の方が断然重いと私は思います。そのことに河川管理者が気付くことにより、流域治水の今後の道が開けると考えております。

    石川

    1. 内田 龍彦 より:

      石川先生,河川技術のサークルの応援ありがとうございます.諏訪さん宛の返信ですが,サークルを支える新任部会長として1点コメントさせてください.天秤に載せるのは「河川管理者の事業の円滑化」ではなく「流域の人々の生活と命」,すなわち同じものと思います.天秤が釣り合うように全体の効用を最大化するように行うのが河川事業でそれを支えるのが河川技術の役割であり,この辺の目指すべき姿については,今回のOSの議論と石川先生の時間軸の考え方も踏まえて総括の回答に記述いたしました.

  15. 石川 忠晴 より:

    内田先生:

     もう終わったつもりでいましたが、メールが来ていたのでお答えします。ただし思考のベースが先生と私とでは異なるようなので、できればface to faceで時間をかけて議論したいと思います。ここでは思考のベースがどのように異なるかを手短に(といっても多少長くなるかもしれませんが)述べたいと思います。
    「全体の効用の最大化」という先生の考えは、何事もお金に換算しようとする土木人には合理的に思えるかもしれませんが、私は幻想だと思います。例えば、(1)一人の人が2000万円の不利益を受けて全財産を失って破滅し、代わりに1千万人の人が10円ずつの利益(合計1億円)を享受する場合、それは合理的であると言えるでしょうか?(2)お金に換算できない不利益(命を失うとか)を、どのようにして全体の便益と比較できるのでしょうか?
     私の原稿で取り上げた農地買収問題について考えてみましょう。何世代にもわたる努力によって改善してきた農地を無理やり放棄させられることは、国交省が算定する土地買収費と見合うと考えられますか?所有農地の10%を明け渡すのであれば国の標準的計算法でもあまり問題ないでしょうが、所有農地の100%を失う場合は生活が破綻します。街に出てコンビニでバイトをしろというのでしょうか。つまり「不利益配分」はとてつもなく非線形な事象であり、単純な便益計算では取り返しのつかない結果を生じる恐れが高いのです。
     そこで私は、諏訪さんのコメントへの回答に“実際に起きている事象”を考えることが大切であると書きました。また先生からのコメントへの回答に“その事象とは不利益配分”であると書いたのです。つまり、不利益配分の問題は、土木計画学的な便益計算によるのではなく、実際に生じている事象を見て考えなければ解決できないものということなのです。そこで私は特設サイト資料の5節で、松原・下筌ダム闘争のリーダであった室原さんの「公共事業は“情”に叶うものでなければならない」という言葉を引用したのです。公共事業の事業者が“情”のある計画をつくろうとすれば、極端な不利益配分を回避できるからです。
     では、なぜ私がテミスの天秤に載せるべきものを「河川管理者の事業の円滑化」と「生活の糧を失う人々の被る損失」としているのか。それは“実際に起きている事象”の観察に由来するものです。阿武隈川上流遊水地は、河川管理者が関係住民と全く協議することなく、「効率的河川整備事業の計画」として数か月で決定したものであり、上流農民の今後の生活等については全く考えられていませんでした。つまり「お金に換算し難い農民の損失」についての意識が完全に欠落していたということです。そこで私は、(金銭的天秤ではなく)正義の女神であるテミスの天秤にこの2つを載せなければいけないと書いたのです。
     不利益配分に関しての以上の私の考えを費用便益分析に慣れた土木分野の人に納得していただくのは骨が折れます。しかし、これからの治水事業において、このことの理解が極めて重要になると私は考えています。そこで、次期部会長である内田先生が東京にいらっしゃる機会にお時間を取っていただければ、さらに深い議論をしたいと考えおります。いかがですか?

    1. 内田 龍彦 より:

      ご説明ありがとうございました.見る人がいらっしゃるかわかりませんが,こちらに回答してお知らせすることにします.
      「全体の効用の最大化」は単一指標で評価(例えば貨幣換算)を意図したわけではありませんが,そのような問題があれば評価指標を改善する方向に考えればよいのではと思ってしまいます.実際これを突き詰めていっているのが計画分野と思います.考え方のベースの違いは私が学の立場でしか見えてなくて,評価,判断する難しさに関する感覚が鈍いのだろうと思います.石川先生のような両方の経験はありませんが,この辺は官の部会員の方に教えてもらいながら議論していきたいと思います.分かっていないことも多いと思いますのでご迷惑でなければface to faceでご教授いただけると助かります.今後ともよろしくお願いします.

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